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発生確率「1600億年に1度」の異変

投稿日:2020-03-14

日本経済新聞より引用

 

株価、変動率上昇のワケ 買い手・流動性細る悪循環

 

株式市場で変動率(ボラティリティー)の上昇と株安の連鎖が止まらない。根底には波乱局面で流動性が細って変動率が高止まってしまう市場の構造変化がある。短期筋から中長期投資家までが売り手に回るなか、市場の流動性を担うはずの証券会社やHFT(高速取引)業者も「1600億年に1度」の異変の前に身動きがとれないでいる。

 

 

「常識外れの相場」。野村証券の高田将成氏は12日までの米国株の値動きをこう表現する。1週間で約19%安という急落の発生確率は「1600億年に1度」だという。日経平均株価も13日午前終値で前週末から18%下落した。

 

変動率上昇の起点は短期筋の売りだった。

新型コロナの感染が中国本土を中心に広がっていた2月。世界経済や政策動向を先読みして取引するグローバルマクロ戦略のヘッジファンドは、供給網の混乱や消費低迷が重荷になると判断、株の買い持ち高の縮小に動いた。

ここにマーケットの動きに沿って持ち高を動かす「順張り」投資家のCTA(商品投資顧問)の売りが加わった。この時点で株価が急落し、ボラティリティーが跳ね上がった。

変動率の急上昇は次の売りのトリガーとなった。変動率をリスクの目安として資産配分を変える「リスクパリティ戦略」の株式削減だ。

「3月2日から株の持ち高はほぼゼロにしている」。リスクパリティファンドを運用する、国内大手運用会社の担当者は話す。GCIアセット・マネジメントも株式や債券などに分散投資するファンドで、リスク量の高まりなどを背景に、3月初から株の持ち高をゼロにした。

ここまでは典型的な「売りの連鎖」だが、過去の急落劇との違いは上場投資信託(ETF)や中長期の投資家までもが売り手に回っていることだ。

野村証券の高田氏は2011年以降、「ETFの資金流出入が相場の上げ下げに連動するようになった」と話す。ETFは低コストで株価指数並みのリターンが得られる「パッシブ」型の商品だ。受け身の商品であり、資金が流出すれば機械的に売りを出す。

金融危機を経て株式相場が長期で右肩上がりとなり、「市場平均並みで十分なリターンがある」とみた機関投資家などの資金がETFに流れ込み、一方で株価が割安とみれば逆張りの買いを入れる「アクティブ」型の投資マネーは、運用成績の不振もあり、次第に細ってきた。投資マネーが「受け身」に偏り、売りが売りを呼ぶ局面の中で一段の下押し圧力になっている。

通常なら大きく下げた場面では買いを入れる中長期投資家も、今は売り手側に回るか、静観の構えをとっている。新型コロナが欧米に広がり、世界景気の後退懸念が台頭したためだ。

ここにはリーマン危機後の低金利による運用難で、多くの投資家が過剰なリスクを抱え込んでいたことも影響している。

典型例が年金基金だ。運用収益を少しでも高めるため、先物などデリバティブ(金融派生商品)を使い、自己資金以上に実質的な投資規模を膨らませてきた。国際通貨基金(IMF)によると、年金の運用資産に対するデリバティブや借り入れの比率は2018年時点で、11年に比べて4~5割増えた。19年以降もこの傾向は続いたとみられる。

過剰なリスクを抱え込んだ投資家が、新型コロナの感染拡大をきっかけに景気後退に陥る可能性を強く意識し、市場の流動性が細る中で一斉にリスク資産の圧縮に動いている。PBR(株価純資産倍率)1倍を下回るなど、株価指標面でどんなに「売られすぎ」のサインが出ても下げ止まらないのは、株価水準に関係なく売りたい投資家が依然として多いためだ。

日本独自の要因としては、3月の決算期末を前に「銀行からの売りが止まらない」(国内大手証券)。通常、極端に下げれば値ごろ感で買いに回ることが多いが、期末を前に含み損がこれ以上膨らまないよう損切りに動いている。

こうして売りが売りを呼び、ボラティリティーが一段と上昇。それがさらにリスク回避の売りを呼ぶ構図だ。

金融規制の強化で市場の流動性の担い手が変わったことも見逃せない。

金融危機前は、証券会社などが株式市場に売り注文と買い注文を出し、マーケットメーカー(値付け業者)として流動性を供給していた。だが、危機後の金融規制強化で証券会社は流動性供給の目的であっても、自ら株式などを保有しづらくなった。

証券会社に代わってマーケットメークの担い手に登場したのが、HFT(高速取引)業者だ。かつての証券会社のように、市場に売り注文と買い注文を常に出し、流動性を支えてきた。売りと買いをつなぐ間のわずかな値ざやが、HFTの利益となる。

だが、ここまで変動率が高まってしまうと、利益確保とリスク管理のため、売値と買値の価格を広げざるを得ず、市場にさらす注文量も減らさざるを得ない。HFT業者が手を引けば、「仲介役」がいなくなり、市場の流動性が低下して少額の注文でも株価が上下に大きく動きやすくなる。

実際、米JPモルガンの分析では、現状、米国株の先物の流動性は2018年12月以来の低さになっているという。日本でも、「先物の板(売買注文)が薄い。通常の5分の1から8分の1ほどに落ち込んでいる」(T&Dアセットマネジメントの酒井祐輔氏)との声が聞かれた。

 

 

金融危機以降、10年にわたって世界中で積み上がってきた過剰なリスクテークの削減には時間がかかる。

世界46カ国・地域のうち、すでに43カ国・地域の株価が過去1年の高値から2割以上下落し「弱気相場入り」しているが、GCIアセット・マネジメントの山内英貴氏は気を緩めない。「01年のIT(情報技術)バブル崩壊や08年の金融危機の時は第1波の下落が一段落した後、半年以内に第2波の下落が起きた」と話す。

今は下落の第1波すら終わったかどうか怪しい。金融危機などをくぐり抜けていない「未成年者はお断り」(仏ナティクシス)の激しい相場はまだ終わりそうにない。投資家にとっては「リスクを落としてでも、とにかく投資をやめずに居続ける」(GCIアセットの山内氏)胆力が求められる局面なのかもしれない。